苗木城の主の故郷。恵那市の山城「飯羽間城」(と、オマケの岩村城)

苗木城の主の故郷。恵那市の山城「飯羽間城」(と、オマケの岩村城)

岐阜を代表する山城(日本三大山城のひとつでもある)が恵那市の岩村城。
…の近くにある「飯羽間城」へ行ってまいりました。
たぶん大抵の方は「どこやねん」というお城跡です。
お城は正面から見てこんな感じ。
結構大きな看板があります。

左右にもキチンとした説明が。
個人的に知ってる話を含めて超ざっくり言うと
・織田信長の軍勢が攻めてきた時に落城したお城
・岩村城の支城
・後にここの城主が信長の命令で苗木城城主に(現代にも連なる初代苗木藩主のご先祖さまにもなります)
どれも重要ですが、この三つめは特に重要です。
中津川市、恵那市の学校で教えてもいいくらい。

では早速登ってみます。
ちなみにこのお城は山城としての難易度を考えると「初心者からコア層への入り口」なところがあります。
コア層というのは「石垣がなくても楽しめる」のような方です。
石垣がなくても楽しめる方というのは、例えば堀切のような「地形を利用した防御機構」や「立地」を楽しむ要素とします。
ただしその分マニア向けなので整備されてないところも多く、下手すると草木の枯れる冬以外はとても立ち入れないことも多く…。

この飯羽間城はそんなコアなお城のひとつです。
入口がすでにこんな感じ。
これでも地元の方々によって竹が刈られた跡です。
夏場は竹やぶと虫と暑さでおすすめはできません。

しかしそれでも地元の方々の愛を感じる飯羽間城。
あちこちに解説の看板が並びます。
竹やぶなんて本当に刈る側からしたら厄介なのに毎年毎年綺麗に手入れをされてるのはすごいしありがたい。

こちらは主郭。
有志の方々によって落城時に命を落とした武将たちのお墓が建立されています。
ここはそういう場所だからか結構整備も徹底的。
普通に歩き回れるくらい草木がありません。

飯羽間城でぜひ見て欲しいポイントのひとつが「地層」
入口から左右に回って歩くと見える古代の足跡。
これだけメキっと盛り上がってるのもなかなかありません。
ブラタモリみたいに地層のこと勉強してから眺めるのも面白いのかもしれないです。

ついでに時間もあまったので飯羽間城の北にある徳祥寺へ行きました。
ここはなんと岩村城の門が移転し使われているのです。
正面にある門が現役だった岩村城から運ばれたもの。
しかも元々岩村城にあったわけではなく、瑞浪市のお城と戦い買って戦利品として岩村城に運んだのだそうです。
それだけの年代ものだからか、木材もかなりの年数を感じさせます。

もうちょっと時間もあるなと思い、岩村城の石垣も眺めにいきました。
裏から車で登ればすぐに石垣!
岩村城といえばこの六段の石垣ですよね。

裏側の大きな石垣も見逃せません。
個人的に六段石垣よりも好きなのです。
名古屋城や熊本城みたいな壮大さも感じさせます。

…と思ってたら、その裏側にあった森が切り開かれてます。
年に1回くらいしかこないのでいつこうなったかは分かりませんが、前はここは森でした。

下記マップの「現在位置」表記の辺りです。

なんと、「火薬庫跡」
今まで発見されてなかったのか、土地関係の何かが進んだのかよく分かりませんが新しく散策できる場所が広がったのはうれしい。
(コアな方ならご存じかと思いますが、岩村城は公式マップ以外も当時の敷地があるので今後も期待したいです…!)