【中山道】中津川宿⇒恵那市大井宿歩き

【中山道】中津川宿⇒恵那市大井宿歩き

島崎藤村の「夜明け前」でも舞台となる中山道の宿場中津川宿からその西、恵那市の大井宿まで歩いてきました。

中津川宿とは

「木曽路は全て山の中にある」で有名な馬籠の西、現在の中津川市にあった宿場町です。
実は「中津川会議」と呼ばれる桂小五郎も加わった重要な話し合いが行われたのもこの中津川宿。
恵那山を祀る恵那神社からも公式に名前の使用を認められた日本酒恵那山のはざま酒造もあります。

大井宿とは

その中山道の中では46番目の宿場町。
比較的平和な宿場町だったのか大きなお城や事件もなく、なのに何故か桝形が6つもある不思議さ。
(普通は1~2ヵ所)

中津川宿スタート

宿場内中央にある無料駐車場から歩きます。
トイレの看板も宿場町風のデザイン。
日本酒恵那山のはざま酒造もここから徒歩数分のところにあります。

他の地域はよく分かりませんが、東濃地方で中山道の目印といえば、混ぜ物のあるアスファルト。
この路面と看板が大体行先を示してくれます。
(たまに途切れるので事前準備も大事)

中津川市内、駒場宿の復元看板と坂本駅(さかもとのうまや)推定跡地。
わりと地味とスルーされがちな中津川宿~大井宿ですが、実は史跡の多い土地。
街中を抜けてからも容赦なく史跡看板が続いていきます。

坂本地区から少し北に歩くと(参道)ある坂本神社
少しだけちょっとだけ立ち寄りました。
(参道が目立つように伸びてるのでむしろスルーできない)
車で走ってると見落としがちですが、なかなか立派な構えの神社です。

こちらは中間地辺りにある藤原家。
明治天皇が小休止した場所。
加賀前田藩の重臣が移り住んだ場所です。
(加賀前田氏→信長や秀吉に仕え、「五大老」にもなった一人の前田利家が祖。あの「前田慶次」は利家のお兄さんの再婚相手がお母さん)

唐突に癒してくれる中山道看板の馬。
今回確認できた限りではこの馬は1回だけの登場でした。
なんなんだ君は。

浮世絵にもなっている甚平坂は現在公演になっています。
そんなタイミングで雪も降ってきました…っていうか吹雪だった。
風情あるけど歩いてるときは少し困る。

中山道は中津川市の資料館やえなてらすなどで無料のパンフレットがあり、また有料の中山道アプリも別会社が販売しています。
そこでの情報量も多いけど、実際歩いてみるともっと多い…。
史跡や馬頭観音などの看板網羅したらキリがないレベル。
なのでこのページ上では泣く泣く大部分省きました。
「旅人の墓」なんて交通量の多い通りに標識もあるのに知らない人も多いのでは。

と、そうこうしてるうちに大井宿到着です。
こうしてみると結構な大きさ。
ひと山越えての平坦な土地なので、逆に宿場町はここだからできたんだろうなあとも。

大井宿本陣跡

パッと見分かりやすい建物がこちら。
この大井宿はいわゆる「古い町並み」はありませんが、それでも歴史のある建物や今も現役の旅館などが並びます。

街中を流れる阿木川にかけられた橋には中山道を描いた浮世絵が並びます。
大井宿や中津川宿ももちろん展示。
実際歩いてからこうして眺めるとなかなか感慨深いものがあります。
時間があれば恵那市内にある中山道広重美術館もおすすめです。

まとめ

数が多すぎてかなり省きましたが、本当に本当に思ってた以上に史跡の看板が多い…。
今回歩いたのは約13kmで2時間15分ほど。
僕は普段のウォーキング速度が1時間で5kmなので、寄り道をしたとはいえ順当な時間です。

ちなみに服装は全身モンベルで下はズボンのみ、上は中から長袖のインナー、ポロシャツ、ウィンドブレーカーでした。
靴は時期的にトレッキングシューズが大活躍。
日影が多く、あちこちよく凍ってるか雪積もってる。
ランニングシューズとかだと怖いかもしれない。

意外と公開の大きかったのが、両手。
素手だと寒風でボロッボロになりました。
登山でもないし、ポケットに突っ込んでおけば大丈夫かなーと思ったら全然大丈夫じゃなかった…。